webが無かった時代の生き方の方が、心は豊かだった ― いま、そこに立ってみた

売れない行動を止め、
前提条件と立ち位置を修正し、
売上を取り直すための設計書。

どうも、かずくんです。

2025年、
このまま今の立ち位置で生きていったら、
詰みそうだなと感じました。

未来に収入が増える感じがしない。下手すると収入がとまる。

それは自分だけでなく、
周りの仲間を見ていても同じでした。

そこで、
一つだけやめたことがあります。

webマーケティングです。

そうしたら、
世の中の景色が
少しずつ違って見えるようになりました。

webが無かった時代を、美化したいわけじゃない

勘違いしてほしくないのは、
「昔は良かった」と言いたいわけではありません。

便利になったものは、
確実にあります。

情報も、
人との接点も、
選択肢も増えました。

ただその一方で、
判断を急がされる構造
当たり前になりすぎた。

いつから「動き続けること」が前提になったのか

  • 発信しないと不安

  • 止まると置いていかれる

  • 比較される前提で立つ

こうした状態が、
知らないうちに
生き方の前提になっていた。

気づいたら、
選んでいるつもりで、
選ばされている感覚。

webをやめたら、時間が戻った

webを完全に断ったわけではありません。

ただ、
「マーケティングとして使う」のをやめました。

すると、

  • 反応を見なくなった

  • 数字で判断しなくなった

  • 正解を探さなくなった

代わりに、

  • 人の顔を思い浮かべる

  • 一言の重さが戻る

  • 待つことが苦じゃなくなる

そんな変化が起きました。

豊かさは、増えたものじゃなかった

収入が増えたわけでも、
仕事が爆発的に増えたわけでもありません。

でも、

  • 壊れない

  • 焦らない

  • 無理をしない

この状態に立てた。

それだけで、
心の余白は
はっきり戻ってきました。

webが無かった時代に近づくということ

あの頃は、

  • 連絡はすぐ来ない

  • 判断は急がれない

  • 比較される相手も少ない

だからこそ、
自分の速度で生きられた。

いま、
完全に戻ることはできません。

でも、
立ち位置をそこに寄せることはできる。

いま、そこに立ってみて思うこと

webが無かった時代の生き方の方が、
確かに心は豊かだった。

それは、
何かを持っていたからじゃない。

急がされていなかったから。

いま、
そこに一度立ってみると、
何を捨てて、
何を残すかが
はっきり見えてきます。

副産物としては、誰が詰む方向に進んでいるか、どの店舗が詰む方向に進んでいるか?どの会社が詰む方向に進んでいるか分かるようになった。

最後に

これは、
正解の提案でも、
やり方の話でもありません。

ただの
立ち位置の記録です。

そして今、
一つだけ言えることがあります。

新しい高額案件の形が、
静かに見えてきました。

追いかけるものでも、
売り込むものでもない。

合っているか間違っているか分からないけど1つの判断をした。やめた事で見えないものが見えるようになっただけ。