どうも、かずくんです。
noteで書いても、
読まれない。
反応が続かない。
集客が積み上がらない。
これは、書き手の努力不足ではない。
前提条件が、すでに変わっている。
かつては、
書けば読まれ、
想いは共感に変わり、
ノウハウは感謝された。
その前提は、
供給が少なかった時代のものだ。
いまは違う。
文章は溢れ、
ノウハウは複製され、
AIが量を加速させた。
書くこと自体に、
希少性はない。
読む側も変わった。
学びたいのではなく、
疲れている。
答えが欲しいのではなく、
距離を取りたい。
判断できない状態が、
長く続いている。
noteの集客は、
反応を前提に設計されている。
書く。
反応を見る。
数字で調整する。
似た記事を書く。
この循環は、
続けるほど立ち位置を薄める。
結果、
信用が積もらない。
いま多くの人が、
フォロワーを集め、
コンテンツを売り、
コミュニティに誘導しようとする。
だが、
フォロワーは信用にならず、
コンテンツは消費され、
コミュニティは集まらない。
出口が、細っている。
noteが終わったわけではない。
「集客媒体」としての役割が終わっただけだ。
使い道は残っている。
売らない。
教えない。
まとめない。
CTAを置かない。
定点として書く。
すると、
ほとんどの人は通り過ぎる。
だが、分かる人だけが遡る。
接続は、
noteの外で起きる。
これは方法論ではない。
立ち位置の話だ。
だから、この文章も
説明のためではなく、
定点として置いているだけ。

