結論から言うと、
Googleはいま、メディアではない。
かつてメディアに近かった時期はあった。
だが、現在のGoogleは違う位置に立っている。
メディアとは何か
メディアは、情報の量ではない。
フォロワー数でも、到達数でもない。
前提と立ち位置が固定され、
そこから世界を見る場所が、メディアだ。
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どの距離で見るか
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何を採用し、何を採用しないか
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何を語らないか
それが時間を超えて保たれている。
この状態を、メディアと呼ぶ。
かつてのGoogle
以前のGoogleは、
メディアに近い振る舞いをしていた。
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編集者はアルゴリズム
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基準は「役に立つか」
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建前は「検索者のため」
完全な中立ではなかったとしても、
編集の意思は存在していた。
その時代、
個人ブログや小さな専門サイトが
メディアとして成立する余地があった。
いまのGoogle
いまのGoogleは、
はっきり言えば 配信インフラ だ。
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立場を取らない
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判断を持たない
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正解を出さない
最適化しているのは、
情報ではなく 流通 である。
どの情報を、
どの検索意図に、
どの順で流すか。
そこに、前提の固定はない。
なぜメディアではないのか
メディアは、
「ここから見る」という視点を持つ。
Googleは、
どこからも見ない。
検索意図が変われば、
結果は変わる。
社会が変われば、
評価軸も変わる。
これは欠点ではない。
役割が違うだけだ。
ブログメディアという立ち位置
ここで言うメディアは、
必ずしも組織や大規模媒体を指していない。
ブログであっても、
前提と立ち位置が固定されていれば、
それはブログメディアになる。
更新頻度やPVは関係ない。
個人か法人かも関係ない。
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どの前提で書かれているか
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どの距離で世界を見ているか
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時間が経っても、判断の位置が動いていないか
この条件を満たしていれば、
形式がブログであっても、
それは「コンテンツ置き場」ではなく
メディアとして機能する。
だから問題は、
ブログかどうかではない。
どこに立って書いているかだ。
正確な整理
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Google:流通路
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メディア:定点
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コンテンツ:通過する情報
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書き手:プレイヤー
Googleは、
メディアを運ぶ場所であって、
メディアそのものではない。
なぜ混同されてきたか
長い間、
人はGoogleの中に立とうとしてきた。
検索順位に立つ。
評価軸に合わせる。
最適化された書き方をする。
だがそれは、
通り道に居座ろうとする行為だった。
通り道は、
居場所ではない。
これからの立ち位置
メディアは、
Googleの外に立つ。
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最適化しない
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依存しない
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でも拒絶もしない
通過は許すが、立たせない。
検索から来ても、
滞在するのは別の場所。
判断が起きるのは、
定点としてのメディアだ。
最後に
Googleは便利だ。
強力だ。
必要だ。
だが、
立つ場所ではない。
立つのは、
自分で前提を固定した場所。
これは答えではない。
ただの定点として、
ここに置いている。

