寺・神社はどこに行くのか?前提条件と立ち位置から考える構造の話

売れない行動を止め、
前提条件と立ち位置を修正し、
売上を取り直すための設計書。

どうも、かずくんです。

起きている事実(観測)

最近、
「神社に行っても何も感じなくなった」
「前ほど通わなくなった」
という声をよく聞く。

一方で、

  • 有名な神社は相変わらず混んでいる

  • パワースポットはSNSで拡散され続けている

人が減ったわけではない。
でも、通い方は確実に変わっている。

そこにあった前提条件

これまで、寺や神社は
こんな前提で使われてきた。

  • 行けば何かが変わる

  • 祈れば運が動く

  • 正しい場所に行けば報われる

つまり、

「外に行けば、内側が変わる」
という前提

この前提のもとでは、
行き先の“正解”が重要だった。

前提が変わったことで起きているズレ

今は、環境が違う。

  • 情報はすぐ手に入る

  • 正解は無数に提示される

  • 祈る前に、選ばされる

この状態で
「どこに行けばいいか」を探し続けると、
判断はどんどん外に流れる。

結果として、

  • 行っても落ち着かない

  • 行動が“確認作業”になる

  • 依存に近づく

というズレが起きる。

定点に戻って見た整理

寺や神社が「機能しなくなった」のではない。

人の立ち位置が変わった

これが実態。

昔は、
判断を外に預ける余白があった。

今は、
判断を自分で持たないと
情報に飲み込まれる。

だから、

  • どこに行くか
    ではなく

  • どんな前提で行くか

が問われる。

構造として見ると

  • 外側に答えを求める人ほど、迷う

  • 内側に判断を戻せる人ほど、静かになる

寺や神社は、
「お願いをしに行く場所」ではなく、

自分の前提と立ち位置を
一度、確認しに行く場所

に変わっている。

まとめ

これからの時代、
寺や神社は「どこに行くか」では決まらない。

  • 前提を持たずに行けば、消費になる

  • 前提を整理して行けば、定点になる

行き先が変わったのではなく、
使われ方が変わった。

前提と立ち位置がズレている神社・寺は詰む

それだけの話。


判断を変える前に、
前提と立ち位置を
確認出来ます。