ブログ記事を書いても、
反応がないことがある。
いいねも、コメントも、
手応えらしいものもない。
その状態は、失敗に見えやすい。
でもそれは、
記事を「点」として見ているときの話だ。
ブログとして書くと、
反応は評価になる。
読まれたか、
届いたか、
当たったか。
一方で、
メディアとして書くと、
反応は指標にならない。
使うのは、
構造だ。
構造というのは、
導線や配置のことだけではない。
-
どの前提で書かれているか
-
どの立ち位置に立っているか
-
時間が経っても意味が変わらないか
そういったものが、
静かに積み重なっていく。
反応がない期間は、
空白ではない。
むしろ、
構造が一番仕事をしている時間かもしれない。
読まれていないように見えて、
位置だけは、ちゃんと残っている。
ある日、
説明のいらない連絡が来る。
理由を聞かれず、
実績も求められず、
ただ「一度、話したい」と言われる。
そのとき初めて、
反応では測れなかったものが、
効いていたことに気づく。
ブログは声に近い。
メディアは場所に近い。
声は反応を求めるけれど、
場所は、待つことができる。
いま書いているのが
もし場所なら、
反応がないことは、問題じゃない。
置いておく。
動かさない。
更新しないことすら、設計に含める。
それが、
メディアとして書く、ということ。

