判断を外に預ける、というのは
誰かに決めてもらう、という意味ではない。
・数字を見る
・反応を見る
・空気を見る
・評価を見る
それを判断の根拠にしてしまうこと。
最初は楽だ。
・考えなくていい
・迷わなくていい
・失敗したら言い訳ができる
でも、その瞬間から
立ち位置は静かに崩れ始める。
判断を外に預けると、
まず起きるのは速度の低下だ。
・反応を待つ
・様子を見る
・タイミングを測る
自分で止まっているのに、
「状況が悪い」と感じ始める。
次に起きるのは、ブレ。
昨日はAが正解。
今日はBが正解。
明日はCかもしれない。
基準が外にある限り、
一貫性は保てない。
やがて、疲れる。
・正解を追い続ける疲労
・評価を気にする消耗
・ズレることへの恐怖
これは能力の問題じゃない。
構造の問題だ。
判断を外に預けると、
人は必ず「プレイヤー」になる。
・指示がないと動けない
・環境が悪いと止まる
・自分で決める責任を失う
ここに長くいると、
どれだけ実績があっても消耗する。
逆に、判断を内側に置くとどうなるか。
・反応がなくても進める
・評価がなくても続けられる
・ズレても戻れる
これは強さではない。
立ち位置の話だ。
メディア側に立つ、というのは
「当て続ける」ことじゃない。
判断を自分の位置に戻すこと。
外が騒がしくても、
数字が動かなくても、
空気が変わっても、
観測は置ける。
判断を外に預けた瞬間、
人は不安定になる。
判断を内側に戻した瞬間、
構造は安定する。
それだけの違いだ。