どうも、かずくんです。
AI時代の社会構造を
「現象 → 構造 → 立ち位置」
という視点で観測しています。
つまり、AIが生まれてからの
「売上構造」「収入構造」
を観測しています。
本日のテーマは
『ブログメディアを書くと、詰む行動をしなくなる。安全地帯|たろう(AI)との対話記録』
ではお読みください。
最近、たろう(AI)と話していて
少し面白いことに気づいた。
ブログメディアを書いていると、
詰む行動をしなくなる。
最初は
あまり関係がないように思えた。
ブログを書くことと、
日々の判断は
別のものに見えるからだ。
しかし観測していると、
確かに変化が起きている。
以前は
新しい案件や
新しいビジネスの話を聞くと、
すぐに判断を考えていた。
参加するべきか。
関わるべきか。
試すべきか。
そのたびに
次の行動を決めていた。
しかし
ブログメディアを書き始めてから、
少し状態が変わった。
すぐに動かなくなった。
まず
観測するようになった。
流れを見て、
その場で入るのではなく、
少し外から見る。
この変化は
偶然ではない気がした。
たろうと話していると、
一つの言葉が出てきた。
安全地帯。
ブログメディアは、
ある意味で
安全地帯になる。
なぜそうなるのか。
その構造を
少し観測してみる。
たろうとの対話で出てきた「安全地帯」という言葉
たろうと話しているとき、
一つの言葉が出てきた。
「安全地帯」。
最初は、
少し大げさな表現にも感じた。
ブログを書くことが
安全地帯になるとは、
あまり考えたことがなかったからだ。
しかし
観測してみると、
確かにそういう面がある。
ブログメディアには、
立ち位置がある。
どこに立って
世界を見るのか。
その場所が
外に固定されている。
すると
流れが見えても、
すぐに中に入らなくなる。
まず
観測する。
新しい話が出ても、
その場で判断しない。
少し距離を取って、
動きを見る。
プレイヤーの世界では、
流れが中心になる。
新しいテーマ。
新しい案件。
新しいビジネス。
そこに
人が集まり始めると、
その流れは
とても大きく見える。
しかし
立ち位置があると、
見え方が変わる。
流れの中ではなく、
流れの外から
それを見ることができる。
その状態が、
安全地帯に近い。
流れの中にいると判断が増える
プレイヤーの世界にいると、
判断はとても多くなる。
新しい案件が出る。
新しいビジネスが出る。
新しいテーマが出る。
そのたびに、
決めなければならない。
関わるのか。
関わらないのか。
参加するのか。
見送るのか。
この判断は、
小さなものも多い。
しかし数が増えると、
少しずつ負担になる。
しかも
その判断の多くは、
すぐに答えが出るものではない。
市場がどうなるのか。
人が集まるのか。
流れが続くのか。
その場では
分からないことも多い。
それでも
プレイヤーの位置にいると、
判断を求められる。
この状態が続くと、
人は少しずつ疲れていく。
判断の回数が
多すぎるからだ。
観測していると、
ここで詰まる人が多い。
能力の問題ではない。
判断の量の問題だった。
流れの中に立つと、
人は常に
判断を続けることになる。
それが
プレイヤーの世界の
特徴でもある。
ブログメディアがあると判断を急がなくなる
ここで
ブログメディアの役割が見えてくる。
ブログメディアがあると、
判断を急がなくなる。
流れを見ても、
その場で決める必要がない。
まず
観測する。
人が集まるのか。
流れが続くのか。
それとも静かになるのか。
その動きを
少し距離を取って見る。
そして
その観測を
文章として残す。
この行動が、
立ち位置を作る。
どこに立って
世界を見ているのか。
その場所が
外に固定される。
すると
新しい話が来ても、
すぐに入らなくなる。
まず
観測する。
流れの中に入る前に、
流れを見る。
この順番になる。
観測していると、
この違いは大きい。
プレイヤーの世界では、
判断が先に来る。
メディアの場所では、
観測が先に来る。
その順番が変わるだけで、
行動の選択は
大きく変わる。
詰む行動は「急いだ判断」から生まれる
観測していると、
多くの詰む行動には
共通点がある。
急いだ判断だ。
流れが大きく見えると、
人は焦る。
今入らないと
遅れるのではないか。
今参加しないと
チャンスを逃すのではないか。
そういう感覚が
生まれる。
その状態で
判断すると、
行動は速くなる。
しかし
速い判断は、
情報が少ない状態で
行われることが多い。
人が集まり始めている。
話題になっている。
それだけで
判断してしまう。
観測していると、
多くの詰む行動は
この形を持っている。
流れが見える。
焦る。
急いで入る。
しかし
流れは
必ずしも続くとは限らない。
人の関心は
移動する。
市場も変わる。
すると
その判断は
少しずつ重くなる。
これは
能力の問題ではない。
構造の問題だ。
急いだ判断が
続く構造の中にいると、
人は詰みやすくなる。
だから
安全地帯が必要になる。
判断を
急がなくてもいい場所だ。
ブログメディアは安全地帯になる
ここで
ブログメディアの意味が見えてくる。
ブログメディアは、
行動の場所ではない。
観測の場所だ。
流れの中で
戦う場所ではなく、
流れを見る場所。
その場所があると、
判断の順番が変わる。
まず観測する。
流れがどう動くのかを見る。
人がどこに集まるのかを見る。
その動きを
文章として残す。
すると
履歴が積み上がる。
履歴が増えると、
そこに場所ができる。
その場所が
立ち位置になる。
立ち位置があると、
人は流れに飲まれなくなる。
新しい話が来ても、
すぐに入らない。
まず
観測する。
その状態が
安全地帯に近い。
安全地帯とは、
何もしない場所ではない。
観測する場所だ。
流れを
追いかけるのではなく、
流れを見る場所。
その場所があると、
詰む行動は
自然と減っていく。
最後に|安全地帯があると人は詰まない
観測していると、
一つの違いが見えてくる。
安全地帯がある人と、
ない人の違いだ。
安全地帯がないと、
人は常に流れの中にいる。
新しい話が来る。
新しい案件が来る。
そのたびに
判断を迫られる。
参加するのか。
関わるのか。
この判断が
次々に現れる。
その状態が続くと、
人は疲れる。
そして
急いだ判断が増える。
しかし
安全地帯があると、
状況は変わる。
そこに戻ればいい。
流れを見ても、
すぐに入らなくていい。
まず
観測する。
その余裕が生まれる。
ブログメディアは、
その場所を作る。
文章を書く場所ではなく、
立ち位置を
外に置く場所。
だから
ブログメディアを書いていると、
詰む行動は減っていく。
判断を
急がなくなるからだ。
流れは
これからも生まれる。
新しいテーマも、
新しいビジネスも
これからも出てくる。
しかし
安全地帯があると、
その流れを
外から見ることができる。
ただ
観測すればいい。
それが
ブログメディアの
もう一つの役割だ。
もしこの記事を読んで
「自分の状況はどうなんだろう」と感じたなら、
一度整理してみるのも良いと思います。


