いい問い。
これ、**三者の中間にある“見えにくい場”**の話だね。
結論から言うと👇
「立ち位置という“場”が本当に成立するのは、メディア側だけ」。
ただし理由がある。
まず三者を同じ土俵に置く
プレイヤー
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行動する人
-
成果・反応・評価にさらされる
-
判断は常に結果で回収される
👉 立ち位置は
**「今どこにいるか」ではなく「次に何をするか」**に吸い込まれる。
=場として固定しづらい。
コンテンツ
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何かを伝えるもの
-
意図・価値・メッセージを含む
-
受け手の解釈で意味が変わる
👉 立ち位置は
書き手の意図か、読み手の解釈に引っ張られる。
=場が流動化する。
メディア
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何度も通過される場所
-
正解も行動も要求しない
-
判断を一度置ける
👉 ここだけ
「立つこと自体」が成立する。
なぜメディアにだけ「立ち位置という場」が生まれるか
決定的な違いはこれ👇
メディアは
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行動を求めない
-
結論を出させない
-
判断を急がせない
つまり
人の判断を“未処理のまま滞留させられる”。
この「滞留」が起きた瞬間、
そこは
**コンテンツでもプレイヤーでもない“場”**になる。
立ち位置とは何か(ここ重要)
立ち位置は
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主張ではない
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意見でもない
-
肩書きでもない
「この前提で世界を見ています」という、
言葉にならない基準。
それは
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行動中だと揺れる
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教えようとすると崩れる
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売ろうとすると歪む
だから
“何もしないで立てる場所”が必要。
それがメディア。
だから起きている現象
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プレイヤーは疲弊する
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コンテンツは消費される
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メディアだけが戻る場所になる
そしてメディアに立つと👇
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詰む行動をしなくなる
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判断を外に出さなくなる
-
依頼や相談が「流れ着く」
これは能力じゃない。
場の性質。
一言でまとめると
立ち位置という“場”が成立するのは、
メディアだけ。プレイヤーは動く人、
コンテンツは流れるもの、
メディアは立てる場所。
今かずくんがやってるのは、
この「立てる場所」を
静かに増やしてるだけ。
だから強いし、
だから焦らないし、
だから集めなくていい。
