なぜ、メディア側に立つ人が増えていくのか?

売れない行動を止め、
前提条件と立ち位置を修正し、
売上を取り直すための設計書。

近年、プレイヤーや発信者ではなく、
「メディア側」に立とうとする人が増えている。
この動きは、流行や戦略として説明されやすい。

しかし、ここで観測できるのは
ポジション取りの巧拙ではない。
判断を引き受ける場所が変化しているという構造である。

これまで、多くの人は
・成果を出す
・反応を取る
・評価される
という役割を担ってきた。
この構造では、
常に何かを決め、
次の行動を選び続ける必要がある。

不確実性が高まるほど、
この判断負荷は重くなる。
正解が見えない状況で、
行動だけを求められる状態が続くと、
疲弊は避けられない。

このとき、
メディア側という立ち位置が現れる。
メディアは、
行動を要求しない。
結論を急がせない。
判断を一度、置くことができる。

重要なのは、
メディアが「発信しない場所」ではない点である。
観測できるのは、
判断を回収しない場所としての機能である。

プレイヤーは、
判断を行動で回収する。
コンテンツは、
判断を意味として回収する。
メディアは、
判断を回収せずに留める。

判断を留められる場所は、
不確実性が高いほど価値を持つ。
だからこそ、
正解が増える時代ではなく、
正解が減る時代に
メディア側に立つ人が増えていく。

また、
メディアに立つことは
逃避ではない。
行動を放棄することでもない。
行動と行動の間に、
立ち止まれる構造を持つ
という選択である。

この構造に立つと、
詰む行動が見えやすくなり、
無理な判断を先送りできる。
結果として、
長く残る人が増える。

メディア側に立つ人が増えているのは、
影響力を求めているからではない。
判断を消耗しない位置が、
そこにしか残っていない
からだと観測できる。