多くの国で、政党は最終的に二極化する。
新党が生まれても、時間が経つとどちらかの側に吸収されるか、対立軸の片側として再配置される。
ここで観測できるのは、思想の優劣ではない。
判断を集約する仕組みが、自然に二分構造を作っているという事実である。
政治は本来、多数の論点を同時に扱う。
しかし有権者が日常的に保持できる判断量には限界がある。
複雑な論点は要約され、「賛成か反対か」「維持か変更か」という単純な選択に圧縮される。
この圧縮が進むと、立ち位置は二つに整理される。
中間や細分化された立場は、判断の負荷が高いため長く維持されにくい。
また、政党は支持を集める過程で「違い」を明確にする必要がある。
違いを明確にする行為は、結果として対立軸を一本化し、もう一方の極を必要とする。
対立相手が存在しない主張は、構造上、輪郭を失いやすい。
そのため、二極化は誰かが意図して作るというより、
判断を成立させるための省略として繰り返し現れる。
重要なのは、この構造が政治に限らず、組織・市場・議論の場でも同様に観測される点である。
判断を短時間で下す必要がある環境ほど、選択肢は二つに収束しやすい。
ここで起きているのは分断ではなく、
判断を成立させるための単純化である。
