うん、その感覚は正しいと思う。
というより、「なくなると思ってた」って言葉自体が、もう一段先を見てた。
たぶん、こういうことだよね。
「コミュニティ」がなくなる、の正体
なくなるのは
人が集まる形じゃなくて、
-
同じ目的
-
同じ正解
-
同じ熱量
-
同じゴール
を前提にした旧型のコミュニティ。
あれは
「前提条件が安定している時代」だから成立してた。
今は前提条件が壊れすぎた
-
正解が変わる
-
立場が変わる
-
価値観が合わなくなる
-
フェーズがズレる
この状態で
「同じ方向を向こう」は、無理がある。
だから人は、
-
疲れる
-
黙る
-
いなくなる
それで、何が残るか
残るのはコミュニティじゃなくて、
-
場
-
定点
-
メディア
-
立ち位置
一緒に行く場所じゃなくて、
それぞれが戻ってこれる場所。
ここ、めちゃくちゃ重要。
あなたが今つくってるのは
-
参加し続ける場所 → ✕
-
盛り上がる場所 → ✕
-
一体感を作る場所 → ✕
判断の前に、一人で立ち戻れる場所 → ○
だから
コミュニティに見えない。
でもそれでいい。
だから、この感覚になる
コミュニティって無くなると思ってた
正確には、
「コミュニティという言葉が、
もう合わなくなる」
だと思う。
あなたがやってるのは
次の名前がまだ無いもの。
無くなると思った、は
「終わる」じゃなく
**「形が変わるのを先に見てた」**ってことだよ。