働くために生きるのではなく、生きるために働く時代が来ていると思う。
けれど、多くの人はまだ「時間もお金も足りない」と焦りながら、日々を消耗しているのではないでしょうか?
僕はあるとき、そんな日常を手放し「旅人として生きる」という選択をしました。
正確に言うと誰かの為だけに使ってきた時間を自分の為だけに使いたいと思いました。
旅の中で気づいたのは──本当に欲しかったのは肩書きでも成功の証でもなく、お金と自由な時間だったということです。
この記事では、コンサルタントとして得た成功とその代償、そして旅を通して見えてきた「自由に生きるための本質」を語っていきたいと思います。
きっとあなた自身の働き方や人生を見直すヒントになったら最高です。
働くために生きるのは、もうやめた。
本当に生きたい人生は、旅の中にあった。
僕は旅人になった。つまりお金と自由な時間が必要
僕はもともと経営デザインプランナーと言う仕事を独立してやっていました。どんな仕事かと言えば、古くなった売り方を新しい売り方でより負担なく売る仕組みをクライアントに提供する仕事をしていました。同時に現場で、その仕組みを入れる為のOJTもしていました。
当時は、ブログで集客していました。つまり、売上は労働の対価でした。
売れれば売れるほど自由な時間が無くなる経営デザインで働いていました。
全国から呼ばれる、新幹線、飛行機、そして時には海外と、それなりの収入はありましたが、集客の為にブログを書く。そして、専門誌の執筆活動、それが何十年と続いていました。
子供の学費、住宅ローンと稼がないといけない環境が自分にはありました。倒れたら収入は無くなります。
いつも思っていました。お金と自由な時間が同時に増えるビジネスって無いかな?
そんなビジネスモデル無いかな?
そうしたら、旅人とかになりたいとずっと思って生きていました。
コンサルタントとして手に入れた「成功」と、その代償
かつての僕は、コンサルタントという仕事でキャリアを積み、業界内でのポジションと報酬を手に入れていました。たった2人しかいない会社で代表を務め、誰もが知る企業や公的機関から依頼が来て「結果を出す人」として認められていました。
そして、ある日突然、立ったらぐるぐると目が回り立てなくなりました。妻は仕事に、娘達は学校に誰もいない部屋で僕は体調が戻るのを待ちました。体も心も限界に達していたのでしょう。
そこから、救急車を呼んで病院へ、そしてMRIに、耳鼻科に行けと言われて診断して貰ったら、飛行機と新幹線の乗りすぎで三半規管がやられてバランスが取れなくなっていると言う事。
「緑でも見て散歩したら良い」
終わったと思いました。もうハードワークは出来ない。代わりの仕事もない。当時は丁度50歳が見えてきた時でした。なんだか涙が出てきました。なんでこんなになるまで仕事したんだろう?
収入、名誉、地位、世間体、学校や親から教わった素晴らしい人間?
そんな生き方していたら、結果は周りには誰もいなかった。
「自分の人生を生きてみたら?」と言われたあの日
少し人生変えてみようと130万円もするプーケット(タイ)セミナーと言うものに参加しました。3泊4日のセミナーでした。ざっと20名ぐらい登壇していました。スクールや会社の代表。中には起業して2年で年商50億円という25歳もいました。
そこで最終日に面白い叔父さんが登壇しました。
「例えば、仕事が嫌いな人がいます。でもね、実は簡単。なんでもそうだけど、好きになったら寝ないでやるのが人間。」そんな方法を教えているって言ってた。
僕は、彼と会話する機会を与えられたので、質問していると、「一回うちのスクール来なさい。無料でいいから」後日、そこに参加しました。
そして、面白い世界がある事を知りました。
「もっと自由に生きたら?」
知らないうちに入会していました。コーチングスクールで、女性トレーナーにワークする中で当てられました。
「ミー(コーチングネーム)は本当に頑張ってこられた方。あなたのシートを見ると家族の為、クライアントの為にしか生きていない。でがんじがらめで自分の為に生きてない。もう自分の人生生きて見たら」
その瞬間、涙が止まらなかった。
僕はずっと「役に立つこと」「支えること」に実は逃げて、自分は空っぽになっていた。
その後、僕はコーチングを教えるコミュニティを主催する事になった。
旅人としての自由は「仕組み」でつくられる
実は、コーチングを受講する前に、面白いサークルに入っていた。「旅行するサークル」。そこで、僕はなぜか有名人になっていた。その中で旅行をするんです。いろんな人と、これがたまらなく楽しい。
人生が一気に変わっていきました。
コンサルタントを辞めようとした時から、仕事以外の関わりの人とどんどん会う事になり、それによって自動的に生き方が変わっていくのを感じました。
僕にヒントをくれたのがコミュニティ運営だったのです。つまり、労働力はコンサル時代よりも遥に少ないのに収入は多いかもしれない。そして、旅行も行けるし、会員と自転車ツーリングにも行ける。
「旅行いけてる」「自転車いけてる」「美味しいご飯食べれる」「家族との時間も増えた」
この仕組みをインターネットで作れたら良いと思うようになりました。それをコミュニティの人間は教えたかった。最初はweb3いわゆる仮想通貨案件。稼いだ仲間もいたり、やさぐれた仲間もいたり、僕としてはトントンでした。
MLMやFXもやりましたが今になっては、答えが見えるものばかり、なぜ見えるか2025年はもうAIがわかっていると言う事です。
「AIは言う。仮想通貨は案件はAIを利用した人は恐ろしく儲かった」
結局、僕は2024年には50本の旅に出ている。会員にも教えたい。お金と自由な時間が同時に増えて行くビジネスモデルを、それも同軸で、そして一緒に旅に出たい。
孤独と自由のあいだで見つけた本当の自分
そこで、旅をしていた事でとんでもない発見があったのです。タイ、マレーシア、台湾、韓国、ベトナム、いわゆるアジアの国に訪れて思う事はインターネットビジネスの展開が日本より遥に早い。そして、豊かになっている人が非常に多い。
なぜ、アジアの諸国でiphoneが買えるのか? なぜAppleストアは、あんなに人がいるのか? なぜ、路上でご飯を食べる人の横で携帯をうち、まもなくするとベンツの500の後部座席に乗って帰るおばちゃんがいるのか?なぜスマホを持つと本業をやめる人が多いのか?
おそらく、こんな事を考えているのは僕だけ?なんか孤独だった。
2025年、仮想通貨案件、MLM、FXをやっている人がどんどん卒業をし始めた。これはAIのせい。いわゆる情報弱者を騙せなくなった。そして主宰者の仕組みだった。主宰者と一部の人間しか儲からない。
仕組みがあるから、心から旅を楽しめる
どうやら、心の底から旅を満喫出来そうである。そして、一緒にやる仲間とひたすら旅行、自転車、アドベンチャー出来そうだ。好きなカメラも、音楽も、最近書いている小説も書ける。なぜか?誰でも出来る最強の仕組みを見つけたから!
最近はネットに仕込み中なので、毎週家族四人で温泉に行くぐらい。僕は3月からで40回を超えた。
自由な時間を本当に楽しめるのは、仕組みが支えてくれるからだ。これを体感しているのが僕。
僕は本格的にweb5に取り組んだのは2025年の6月ぐらいから、なので、まだ2−3ヶ月。
今日は2025年9月9日です。awabotaが日本のコミュニティで初のDIDを実装しました。このDIDというのはインターネット上の信頼の証。そのうち、これがないサイトやSNSは売れなくなる。店や会社のホームページもそ唸る。なので大手企業は来年にはDID持つ会社も増えてくる。
なぜ、出来たか?AIが教えてくれたから
web5の知識や情報なんて、あなたの周りではAIぐらいしか知らない。
それを教えているのはなく一緒に実践しているのがawabotaの会員。評論家はいない。いるのは実務家だけ、それはAIに対応しているから。
まとめ|自分の人生に戻るということ
僕が気づいたのは、「誰かの期待を生きる」のではなく「自分の心がワクワクする方向に歩いていく」こと。
そのためには、お金と自由な時間を生み出す仕組みが欠かせない。
職場の人間と家族しか会わない人生はワクワクする事はない。
・人間は人と会うために生まれてくる
・人間は出来ない事を出来るようになるために生まれてくる
この2つがノーの人はなぜ生まれてきたか問いたくなる。
一度きりの人生なら、働くために消耗するのではなく、自分の心に正直に生きていい。
僕は旅の中で、それを学んだ。そして、僕は歳をとるたびに楽しくてたまらなくなっている。
